株式会社ニシヤマ

〒532-0004
大阪市淀川区西宮原1-6-17
TEL 06-6350-6810
FAX 06-6350-8200
支店長 重塚 健

  当社のルーツは1916年にさかのぼります。創業者の西山修二郎は、大日本麦酒、現在のアサヒビールで購買業務に携わった後、37歳で西山ゴム商店を創業しました。

創業当初は「三田土護謨会社特約販売所」の看板を掲げ、ゴム長靴やゴムホース、テニスボール、エボナイト製品など、生活用品から産業用資材まで幅広く取り扱い、逓信省や東京電燈、東京瓦斯といった大手顧客との取引を進めていきました。また、時代の変化を見据え、電化の進展に合わせて絶縁用エボナイトを取り扱うなど、先見性のある事業展開を行っていました。

しかし、関東大震災後の厳しい時代を経て、1927年に修二郎は48歳で急逝します。その後、まだ13歳だった長男の敬雄に代わって、妻の不二子が経営を引き継ぎました。

震災後の不況の中、多くのゴム関連企業が倒産していく厳しい状況でしたが、不二子は堅実な経営を徹底し、商店を守り抜きました。ゴム製品が今後の工業化や機械化に欠かせない存在になることを見抜いていたのだと思います。その経営手腕と人望から、業界では「女マッカーサー」と呼ばれるほど信頼され、恐れられる存在でした。

1933年に長男の敬雄が入社すると、事業はさらに拡大します。自社ブランド商品の展開も進め、絶縁ゴム製品やゴム手袋、長靴などの販売を伸ばしていきました。戦時中には多くの従業員が徴兵されましたが、不二子は少人数で事業を守り続けました。

 中央が修二郎 左が不二子 

終戦後は、敬雄や戦地から戻った次男の敬二郎とともに会社再建に尽力しました。戦時中に築いた鉄道省との信頼関係を活かし、生ゴムの大量払い下げを実現したことで、業界全体の復興にも大きく貢献しました。海外進出や新市場の開拓が進む中で、不二子から事業を引き継いだ敬雄は、積極的に新商品開発に取り組み、事業拡大を進め現在の当社業態の祖となる体制を整えました。

その後、1946年に大阪拠点を開設し、翌1947年には西山ゴム株式会社を設立します。国鉄や東京瓦斯との取引を拡大しながら、1950年代には開発型商社への転換を進めました。やがて東京瓦斯向けガスメーター計量膜「SYREX」の開発成功につながる企業文化が育まれ、社員100名規模の組織へと成長していきます。1976年大阪営業所を大阪支店に昇格、そして2012年に大阪支店を現在地に新築移転しました。2005年~2008年にかけて、ビッグバン方式で基幹システムの全面的な刷新もしました。2016年には、創業100周年を迎えることができました。

 当社の基本理念は、
「顧客の要望に適う、個性豊かな高品質の商品を創造し、その利潤によって企業を永続的に発展させ、社員の幸福と社会の繁栄に貢献する」
 というものです。

特に大切にしているのは、「お客様が本当に求めているものを提供する」という考え方です。そのため、既存の商品を改良するだけではなく、世の中にないものは新たに作り上げるという姿勢で、お客様に最適な“誂え品”をお届けしてきました。

そうした取り組みを続ける中で、自然とお客様のニッチなニーズを発掘し、それに応える体制が培われてきました。

現在では、創業時の中心商材であったゴムや樹脂だけでなく、金属加工品や成形品、さらに組立済みユニットや装置、計測機器へと事業領域を広げています。加えて、制御や監視に必要なソフトウェアまで取り扱うなど、お客様の課題解決を総合的に支援する企業へと進化しています。

現在、最も注力している分野の一つが半導体関連事業です。

AI市場の急速な拡大に伴い、半導体業界は非常に活況を呈しています。当社もこれまで半導体製造装置メーカー向けに、各種部材やユニット、付帯設備を提供してきましたが、今後はさらに領域を広げていきたいと考えています。

具体的には、ウエハーや薬液などの基材メーカー、さらには半導体デバイスメーカーに対しても、生産効率向上や増産に貢献できる商品やサービスを積極的に展開していく方針です。

また、DXの進展によって産業構造が変化する中、新たなハードウェアの開発・提供にも力を入れていきます。

さらに、20年以上取り組んできたソフトウェアビジネスについても、省人化・省力化だけにとどまらず、より付加価値の高い提案を行い、お客様の競争力向上に貢献していきたいと考えています。

 当社の強みの一つは、人材育成に力を入れていることです。

社内では基礎的な勉強会に加え、その時々の社会的な話題や重要テーマに関するeラーニングを実施し、社員の知識向上や意識啓発につなげています。

また、グローバル化への対応として語学力向上にも取り組んでおり、希望者には会社負担でオンライン英会話を受講してもらっています。

そして何よりも自慢したいのは、創業以来大切にしてきた家族的な社風です。

 昭和33年社員旅行。敬雄社長を囲んで(湯河原)

1972年からは労働組合に代わる「経営懇談会」を開催しており、経営陣と社員が立場を超えて率直に意見交換できる環境を維持しています。

こうした風通しの良い企業文化こそが、当社の大きな財産だと思っています。

 学生時代からハードロックが好きで、今でもよく聴いています。小学5年の時クイーンに出会いました。こんな音楽があるんだと強烈な刺激を受けました。ディープ・パープルとかツェッペリンとか。年齢を重ねてもその好みは変わりませんね。

ただ、ずっと聴いていると少し耳が疲れてくるので、そんな時はジャズに切り替えます。そしてまた刺激が欲しくなるとハードロックに戻る。その繰り返しです(笑)。

また、昨年は大型バイクを購入し、今流行りの「リターンライダー」の仲間入りをしました。休日には自宅近くのワインディングロードをのんびり走りながら、気分転換を楽しんでいます。

ニシヤマさんを訪問して
 ゴム製品商社の先駆者から技術開発型商社へと躍進された会社のパワーの一端を感じさせて頂いたインタビューでした。インタビュー後 ショールームも案内して頂きました。同席して頂いた矢島顧問の笑顔と豊富な経験、それをしっかり受け継いでいる重塚支店長が羨ましい限りです。
  (総務広報部会副部会長 田井 登)